ヤラれたい奴から前に出ろ

フードプロセッサーという代物は
生来備わった残忍さに似合わず
バナナジュースとかを生み出すので
まったく侮れない。



「幽霊を信じてる?」

その問いに即答はできないけれど
試しにコンセントを抜いた
フードプロセッサーの中に
小指あたりをつっこんでみると
なんだか背筋がヒヤッとするので
まあ似たようなものもあるのかなと思う
その背筋にヒヤッとくるものが
バナナ幽霊の仕業なのかどうかは
ぼくの知るところじゃないけれど

「それはバナナたちの霊魂の仕業です」

バナナ保護団体の人だったら
口を揃えてそう言うかも知れない
主よこの者をお赦しください
とその後に続けるかも知れなくて
悔い改めよと続けるかも判らない
でもぼくはスイッチひとつで彼らを
絶望の淵に追いやることが出来たりする
そいつはほんの悪戯心にすぎないのだけれども
〈ON〉と記されたスイッチを
十指あるうちの右の小指あたりで
ポチッと押すだけ

「どうぞお召しあがりください」

彼らの眼前にバナナジュースを置く
ゴトリ、と音がするのは
つまりそれがジョッキだからだ



〈バナナ〉と〈牛乳〉
これが後にバナナジュースになる
〈バナナ〉と〈牛乳〉が
バナナジュースになるのは簡単で
フードプロセッサーさえあればいい
でもバナナジュースから
〈バナナ〉と〈牛乳〉を取り出すのは
土台到底絶対多分無理な話であって
こういうのを『不可逆』と言うらしい

「逆は不可です」

フードプロセッサーはそう言う
多分残念がっている
マフラーをほぐしてほどいて
また一から編み直す
そんな繊細にすぎる芸当は
どうやらぼくには出来そうにない
バナナジュースしか作れないんだ
彼はそう言って多分うなだれている

「イチゴジュースも作れるじゃないか」

これは気の利いた科白だろうか
彼は泣き笑いのような表情を浮かべ
スクリューをすくめてみせる

「バナナジュースをひとつ」

ぼくの要求にフードプロセッサーは
こっくりとうなずく代わりにウィンと
スクリューの駆動音でそう応えを返す
そうさ君には君の役割があるんだ
出来もしないことを考えたって
仕方がないじゃないか
フードプロセッサーが黙々と
〈バナナ〉と〈牛乳〉を攪拌している最中
ぼくは〈バナナ〉にするのではなくて
〈イチゴ〉にすれば良かったと
そんなことは口が裂けても言えないよ
『不可逆』な君にはさ



フードプロセッサーとハサミ
様々な改良を経て尚
〈大まかな形状は昔から変わらない〉
という点において似通っている
灰皿とかもそうじゃないかな
花瓶とかもそうだし
バールとかもそう
あとはそうだな
机の角とか

このように
これ以上変わりようのないものにおいては
しばしば凶器として重宝がられる性質を持つ
殺傷能力の高さは比類がなくて
その細部には死神が宿る
『Natural Born Killer』
生まれつきの殺し屋として
万人を屠りさる

しかしフードプロセッサーは
生来備わった残忍さに似合わず
凶器として使用された試しがあまりなく
せいぜいやれても小指を落とすくらいだ

「落とし前ってやつはそれくらいで十分さ」

なにも命まで奪うことはない
彼はそう続ける

「小指を落としてしまったら君を〈ON〉できないよ」

ぼくは左手で右の小指をさわりながら
困惑の色を隠せずにいる

「人さし指があるじゃないか」

そうか
それはまるで
君にとっての
〈イチゴジュース〉

Yes
Never give up.