『大人っぽい30代』という言い回しは色々とおかしい。

矛盾について。つまり人について。

何ものも貫く矛。何ものも通さぬ盾。
以上二つの武具を用意する。用意したところで、さて、矛で盾を突いてみる。もしくは盾を矛に押し当ててみる。どうなるか?

【ケース①】
矛と盾が今まさに接しようとする直前
——fin
否、これは故事であるから画面いっぱいに〝終劇〟と出るほうが似合っている。物語はそこで唐突にリドル・ストーリーの体裁をとり、その後に起こるはずであろう展開の枝葉は我々受け手側各々に一任される。そんな洒落た結末があっても良いのではなかろうか。後ろ姿美人のスカート内部を想像することは、それなりの暇つぶしにはなる。想像や妄想は人の特権であるのだから。エンドロール後に後日談が語られる場合があるので場内が明るくなるまで決して退席はしないこと。なぜかと言って、ひょっとすると後ろ姿美人のパンチラが拝めるかも知れず、その点のみ特に留意すべし。

【ケース②】
それら二つの武具はあらかじめ交わることがない、と因果律で定められている場合。それら二つの武具を同時に用意することは出来ない。もしくは用意出来たとして、それらを使用した強度試験は常に何らかの要因によって阻まれ実行に移すことが出来ない、とする場合。矛担当者がアガリ症で常に吐気を催しているだとか、矛担当者の恐妻が電話口で絶えずヒステリーを起こしていつもなだめるのが大変だとか、例えばそんなこと。何かしらのカットイン。そしてフェードアウト。場合によってはシロナガスクジラがカットインし矛を飲みこんだりする。なんと不運な矛担当者。巻き込まれた関係者一同はシロナガスクジラの胃袋でフェードアウトする。そして『呪われた矛と盾』という都市伝説が巷間でそれとなく囁かれはじめる。噂話の脚は駿馬の如く、万里を駆ける。分厚めの単行本に収録されて、コンビニに並ぶ。

【ケース③】
矛が盾を貫く世界。盾が矛を防ぐ世界。この異なる二つの世界が同時に重なりあって存在しているという説。言わずもがな、猫の手は借りなくても良い。つまり動物愛護団体はこの説を前にして沈黙を余儀なくされる。どちらの世界に移動しようが、これは決定事項であって、つまり動物愛護団体の一員らには役が振られることはない。動物愛護団体の一員らが矛担当もしくは盾担当に任命された場合は、また別の話であるが、この二つの世界のどちらにも猫が登場する余地がないことから、動物愛護団体が関わることで別の道筋が発生し得る可能性は低いと考えて差し支えない。この矛や盾の柄などに使用されている革は哺乳類由来のものである可能性がある、よって動物愛護の見地からこれらを見過ごすことは出来ない、とかそんなことを言い出した場合は即座に②の領分となり、つまり都市伝説の出番である。

【ケース④】
それら二つの武具は厳密に言うと、
「今まで何でも貫いてきた矛」
「今まで何でも防いできた盾」
であるという場合。暫定的王者による王座防衛戦。つまり〝白いカラス〟がいないことを証明するための旅がそこにあり、そして旅の途中でもあって、旅が途中であるということは今まで確認出来たカラスはすべて〝黒かった〟のであり、矛もしくは盾がそれぞれにとっての〝白いカラス〟である可能性は充分にある、という考えは当然否定することが出来ない。破壊されずに残った片方は、さらなる強者を求めて旅の続行もしくは開始を余儀なくされ、その旅は一本の曲がりくねった上り階段に似た構造を持ち始める。最初にこの試みを始めた武具が勝負に勝ち続けるという少年誌的約束事は一切なく、幾多の王者交代がここでは行われ、王者の首がすげ替わる度に上り階段の角度方角は変わって、ついに武具が最後の一つになった時、この物語は完結するという仕掛けである。弱肉強食の極北。その強さを理解するものはことごとく地上から消え去り——ラストマンスタンディング、彼は虚無の王となる。〝白いカラス〟を探す旅に出たは良いものの、皮肉なことに私がその〝白いカラス〟だったらしい。それを認めるものは、もうこの世にはいない。私以外は。

【ケース⑤】
引き分け。
①のような映画鑑賞でもなければ、②のような運命論でもなく、③のようなパラレルめいた思考実験とも違っていて、④のような血肉を焦がす修羅道でもない。ただの引き分け。単なる引き分け。彼我の間に境を引き、そして分ける、ということ。文字通り。
この場合、引き分けを定義することが肝要である。引き分けの定義付けさえ終了してしまえばそれで終わってしまう類のものなのだから。ではどのような状況が引き分けであると言えるのか。
まず。何よりもまず。勝利条件。矛の勝利条件は、攻撃によって盾を貫く、または使用不可の状態にするということ。自身の損壊なく。盾の勝利条件は、その矛の突撃を跳ね返すということ。これまた自身の損壊なく。以上が双方の勝利条件であるなら、引き分けの定義とははたしてどのような輪郭をとるのか。おそらく同時損壊。これは双方の形状が異なっているという事実を加味している。矛が盾を貫けば矛の勝ち。盾が矛を跳ね返したのならば盾の勝ち。武具の形状が異なり勝利の条件が異なるのであるならば、やはり同時にぶっ壊れた方が引き分けとしてしっくりくる。何よりシンプルで良い。この歳になるとつくづくそう感じる。人生それ自体が迷路なのに、わざわざ自分で迷路などを作るものではない。ボルヘスは良いことを言う人である。入口と出口を結ぶ廊下は短かく真っ直ぐ。それで良い。それが良い。入口が同時に出口でいてくれるのであればなお良い。同時にぶっ壊れるのが引き分けで良い。が良い。

矛盾がぶっ壊れた場合のことを先読みして保険に入っておくことを、ここでさり気なくお勧めしておく。

なんとなれば人は矛盾で造られているのだから。